“鶏の幸せ”を大切にする、高知県のいちえん農場さん
桜並木が美しい春の四万十川を横目に見ながら走っていると、やがて景色は川から海へ。
四万十川と海が交わる場所、高知県四万十市名鹿(なしし)で、養鶏を主として農業を営んでおられるいちえん農場さんをご紹介します。
いちえん農場さんに到着して最初に聞いたのは、鶏とヤギの鳴き声。
眼前には豊かな緑の景色が広がっていて、なんとものどか。
ぐるっと周囲を見渡しても一圓さんのご自宅が一軒あるだけで、建物が他に一切ありません。
それもそのはず。いちえん農場さんの総面積は約5ha。東京ドームとほぼ同じです。
農場があるこの山のほぼ全てが、いちえん農場さんの敷地というから驚きです。
そんな場所で迎えてくださったオーナーの一圓さんご夫妻は、お二人ともカラッと明るく朗らか。
鶏の幸せありき。“放し飼い”で飼うという事
ココノミでは、土佐ジロー卵やブラウン卵でおなじみのいちえん農場さん。
養鶏の他にも、レモンや小夏など果樹を中心とした柑橘の栽培や、最近では養蜂にも取り組んでおられます。
いちえん農場さんで飼っているのは、卵の名前にもなっている“土佐ジロー”と“ブラウン”という2種類の鶏。
全部で17鶏舎あり、約2,000羽の鶏がいます。
いちえん農場さんでは、この2,000羽もの鶏が全て「放し飼い」。
日本ではとても珍しい事です。
“平飼い”という言葉は耳にしたことがある方も多いと思いますが、平飼いは鶏舎のなかでゲージを設けずに自由に動き回れるようにしている飼育方法なので、これとは異なります。完全に屋外で、文字通りの放し飼い。
その理由を、一圓さんはこんな風に話してくれました。
「鶏の幸せありきで考えています。味が安定した卵を作ろうと思ったら、ゲージに入れて、もしくはせめて平飼いで、決まった餌を決まった量だけあげるべきなんです。でも、僕はそれが嫌なんです。お客さんの方も見なきゃいけないけど、身近な鶏の幸せとか、生活の幸せとかを見るっていうのがぼくらの仕事です。」
一圓さんにとっては、鶏は家畜ではなくてパートナー。
だから、食べる側の片一方の幸せ(=おいしい、という評価)だけを見てしまうとそれはおかしな話。
両方幸せじゃないと、と一圓さんは仰っていました。
コロナがきっかけで辿り着いた、農業の軸
新型コロナウイルスの影響で、自己紹介文を書く事が増えたという一圓さん。
その中で、気付いた事があるそうです。
自己紹介文の参考にと、いろんなところの自己紹介文を見ると「(自分のところの商品が)おいしい!」と書いているところが多く、それに違和感を持ったそう。
そしてふと「おいしい卵を作ろうと思っていないんだ!」という事に気が付いたと言います。
一圓さんはずっと、パートナーである鶏が幸せである事を意識してきた為、“おいしい卵”を作る事はあまり意識してきていなかったのです。
もちろん植物も同じ。
余計な事をせず、ありのままである事を重んじる。
だから、一圓さんは鶏の個性も大切にしておられます。
鶏にももちろん、個性があります。鶏舎の中にいるのが好きな子、外に行く方が好きな子、柿が好きな子、ヤマモモが好きな子。
行動の好みも食べ物の好みもそれぞれ違っています。
そうして鶏がのびのび自由に生きた結果が“おいしい卵”になっているのです。
一時期はお客様の好みの味に合わせる方が良いのかと、思考を巡らせたこともあったそうです。
でも「“おいしい卵“を作ろうと思っていない」というご自身の考えに気付いてからはそれが農業の軸になり、すごく楽になったと話してくれました。
鶏と共存しているオーガニックの果実
鶏舎がある場所には、小夏やはるか、柿やヤマモモが植えられていて、草も自生しています。
そして鶏たちは、その草や果実を食べて育ちます。
だから、農薬を撒くわけにはいかないのです。
その為、必然的にいちえん農場さんの農作物はオーガニックになります。
いちえん農場さんの主な農作物は、柑橘類。植え付けて8年程になりますが作り方を失敗してしまい、昨年まで栽培は難航していたそうです。
自然の資源、循環機能を活かす農業“循環型農業”を採り入れているいちえん農場さんでは、自分のところでできた鶏糞を発酵肥料に変えて加える方法で栽培していましたが、どうしても樹勢が整わずうまく実がなりませんでした。
そして昨年“どうせだめなら入れてみよう”と、近所で養豚を営む知人から豚糞を安価で引き取って加えたところ、見事に復活。
千葉県の研究所に土壌診断を出したら、その状態の良さに太鼓判をもらったといいます。
「やっとうまくいった。今年はたくさんできそう。」との事なので、これからが楽しみですね。
家族経営が最高のバランス
一圓さんは、家族経営で完結する農業にこだわりと信念を持っておられます。
まずひとつは、雇用の難しさ。農業は、決して収益性が高い仕事ではありません。
その為、従業員に対して安定した労働と給与を保証するのが難しいのです。
また、もし事業を拡大して雇用を生み出したとしても、今度は自然との共存のバランスが崩れる事が懸念されます。
例えば、土佐ジローが売れるからと言って鶏小屋をむやみに増やしてしまうと、土壌が汚染され、柑橘畑にも弊害が出たり、海に汚染物が流れ出てしまい環境への負担をかけてしまう事に繋がりかねない。
だからこれがうちの限界値で、一番バランスがいいのだと話してくれました。
そして一番大きな理由は、今の生活を大切にしたいから。
例えば夏場、一圓さんは真昼の一番暑い時間帯の作業を避ける為に、明け方前から作業をはじめ、気温がピークを迎える前に作業を終えて、午後からはご家族との時間や一人の時間を過ごされます。
自分のペースで、縛られることなく家族との時間と自分の時間を大切にしたいと仰っていました。
いちえん農場さんでは、家族も、鶏も、植物も、環境も、全てのバランスが整い“幸せ”である環境が作られていました。
その為でしょうか、一圓さんご夫婦はとても明るく朗らかで、日々を楽しんでおられることがひしひしと伝わってきました。
(訪問日 2021/03/23 撮影・文 太田萌子)