『農業はライフスタイル。中土佐町の自然に寄り添う中里自然農園さん』
神戸ではまだ寒さが残り、上着が手放せない3月中頃。
高知県の中土佐町久礼(くれ)にある中里自然農園さんの取材に伺いました。
高知県はとても温暖な土地。
この日も上着がいらないくらい暖かく、ぽかぽかと心地よい陽気でした。
この穏やかな気候と、山、川、海、豊かな自然に恵まれた久礼の町で、中里さんご夫婦は農業を営んでいます。
少量多品目栽培で、年間を通して約50種類ほどのお野菜を育てています。
温かい気候ゆえに冬が短く、端境期(はざかいき)が少し長い高知県。
端境期とは、季節の変わり目で野菜の種類が少なくなる時期の事。
そんな中でも、各シーズンに最低でも10種類は準備できるように心がけているそうです。
そこには、試行錯誤を繰り返す地道な努力と、食卓が少しでも豊かになればという思いやりが隠れていました。
移住先の高知県で出会って夫婦に。強みを活かして分業運営。
中里自然農園さんの開園は、約8年前。
先に農業をしていたのは、神奈川県ご出身の旦那さん。
全く経験のないところから、独学で有機農業をはじめました。
以前はアメリカの大学で20年ほど生物の研究をしていたそうです。
最後の2年ほどは講師もしていましたが、なんとなくストレスを感じていることに気付いたそうです。
次第にその仕事が向いていないのかもしれないと疑問を持つように。
そして同時に、以前から興味のあった農業への想いが日増しに強くなり、農業へ転身する事を決断しました。
久礼の町を選んだのは、祖母の家があったから。
幼少期に訪れたこの場所で、幼いながらに感じた自然の魅力がとても印象に残っていて「せっかくやるなら、この場所で。」と帰国し、移住しました。
一方奥さんは兵庫県のご出身。ご結婚前は東京の広告代理店で約10年間勤めていたそうです。
多忙ではあったものの、それはそれでやりがいがあって楽しく充実した日々を過ごしていました。
でも都会での生活は目まぐるしく、いつしか自然との距離が近い生活を求めるようになり、高知県へ移住。そこで旦那さんと出会いました。
「まさか自分が農家に嫁ぐとは思ってなかった」と、笑いながら楽しそうに話してくださいました。
お二人は、それぞれの経歴や強みを活かして分業しているそうです。
研究肌で勤勉な旦那さんはお野菜の生産担当、営業経験などもある奥さんは渉外担当。
パートナーでもあるし、夫婦でもある。
不思議な関係で、それが心地よいと仰っていました。
土作りの肝は「微生物」 持続可能な農業を目指して
(もみ殻を敷き詰めた畝)
中里自然農園さんの有機農法で何よりも大切にしているのは「微生物」を増やす土作り。
微生物が活発になると様々な養分が増えて豊かな土壌になり、野菜に栄養が豊富に供給される為、おいしい野菜になるそうです。
その微生物を増やす為に、鶏糞や牛糞、緑肥(植物を土の中に混ぜこむ肥料)、また高知県ならではのカツオ堆肥などの有機物を土に与えます。
有機物を与えると、それを分解しようと微生物が増え、働きも活発になるのだそう。
中里さんが有機農業を選んだ理由は大きく分けて二つあります。
一つは、せっかくやるなら自分たちだからこの魅力を出せる野菜を作りたい、という想い。
そしてもう一つは、おいしい野菜を作りたい、という想いです。
「野菜は毎日食べるものです。
それに人の体は、食べるものから作られますよね。
だから口に入るものはとても大切だと思っているし、毎日の食卓が少しでも豊かになれば幸せです」と話してくれました。
中里さんは開園からずっと、有機農法を貫いてきました。
そうして次第に、有機農法が “持続可能な農業である” という事を感じるようになったと言います。
先述した堆肥をはじめ、自然の恵み、地域の恵みの有機物を土に混ぜる事で微生物が増え、豊かな土壌になり、おいしい野菜ができていく。
こうした循環を生み出すのが有機農法であり、この循環を守り続ける事が持続可能な農業に繋がるのだと仰っていました。
結果は年に一度だけ。地道に試行錯誤を繰り返していく
ご自身の農業について「今でもずっと試行錯誤ですよ」と中里さん。
農業は結果が出るまでに長い時間を要します。
工夫して種を植えても、結果が分かるのは1年に1回だけ。
トライアンドエラーをたくさん繰り返そうにも、時間がかかってしまうのだと。
「農業ってそんなもんですよ、多分ベテラン農家の方でもね。
毎年色々試して、徐々に作っていく。それが楽しいし、性に合ってるんだと思います。」
また、中里さんのお野菜はほとんどが露地栽培。
でも実は、中土佐町は露地栽培には向かない地域なのだそうです。
気候はとても良いけれど、湿地なので土が粘土質。
粘土質の土は雨が降るとどろどろになり、乾くと固くってしまい、お野菜を育てるには不向き。
さらに、稼業である以上効率の良さも必要です。例えば収量の問題。
環境の影響を受けやすい露地栽培は、収量がなかなか安定しません。
限られた面積でいかにして収量を守っていくかは生活に直結する課題です。
こうした様々な課題を全てひっくるめて“うまくいった”と思えるように、そしてこの場所で農業を続けていく為に、これからも試行錯誤しながらやっていきたいと、話してくれました。
仕事というよりライフスタイル。お二人にとって“農業”で生活するという事
中里さんにとって農業は、仕事というよりもライフスタイルそのもの。
田舎暮らしの延長線上に仕事がある、そんなイメージだと仰っていました。
自分たちが“食べたい”と思う野菜を育て、卵を食べたいから鶏を飼い、はちみつを食べたいから蜂を飼う。
だから全部ちょっとずつで、大変だなと思う事はあるけど、苦ではない。
自分たちが作った野菜を毎日食べられる事がとても楽しい、と話す中里さんの雰囲気がとても柔らかく、今のライフスタイルを本当に楽しんでいる事が伝わってきました。
「農業で大変なのは、自然の影響が大きい事です。でも、理不尽じゃないから受け入れられる。人が相手の仕事だと、個人の感情や勝手な都合で状況が変わる事が少なからずあって、理不尽だと思う事も多いですよね。でも例えば台風とか、自然の現象にはどうしたって勝てないじゃないですか。大きすぎて。笑
だから“まあしゃーないか!”って割り切れるから、しんどくないんです。(東京の生活より)こっちの方が断然楽しい!」
自分たちが作ったお野菜が、おいしいお料理に変わる事が嬉しい
中里さんは、ココノミなどのネット通販や個人向けの野菜セットの販売などを中心にしています。
個人向けに販売しているとおいしいという声が直接届く事もあって、今後もなるべく個人向けを強化していきたいと仰っていました。
「自分たちが育てたお野菜がお客さんの元に届き、それぞれの人の手で多様なお料理に変わって食卓に並ぶ。それをおいしそうに食べてくれる姿を想像すると、とても嬉しくなります。」
(訪問日 2021/03/23 撮影・文 太田萌子)